【読書日記】ギデンズ『社会の構成』
ギデンズ, A.著,門田健一訳(2015):『社会の構成』勁草書房,461p.,6,000円.
言わずと知れた英国の社会学者アンソニー・ギデンズの1984年の著書が30年の時を経て日本語訳された。本書の刊行は地理学者が最も待ち望んでいたといってもいいかもしれない。そう,ギデンズの構造化理論はスウェーデンの地理学者ヘーゲルストランドが開発した「時間地理学」から発想を得た社会学理論として知られているからだ。しかし,ギデンズの著書の翻訳は多かったものの,構造化理論について日本語では読むことができなかった。
私自身,大学院修士時代にエスノメソドロジーに関心を持っていたが,当時はそれこそ日本語で読める文献は少なく,1987年に翻訳の出ていた,ギデンズの『社会学の新しい方法規準』(原著は1976年)のなかでエスノメソドロジーも登場していたので,私もその頃(1990年代前半)に読んだが,さっぱりわからなかった。その後,グローバル化という概念が社会学を中心に日本でも紹介されつつある頃に,1990年の『近代とはいかなる時代か?』の翻訳が出され(1993年),これも読んだ。こちらは原著タイトルが『モダニティの帰結』となっていて,前近代と近代以降の社会の変化をわかりやすく解説していて,こちらは読みやすかった。
同じ頃に分厚い社会学の教科書『社会学』も翻訳出版されたが,それは読むことなく,日本でのギデンズ流行もひと段落したこともあり,他の著書を読むことはなかった。その後も『国民国家と暴力』や『モダニティと自己アイデンティティ』など読みたい本は出版されたがなんとなく読まずにここまで来てしまった。
第1章 構造化理論の諸原理
第2章 意識,自己,社会的出会い
第3章 時間,空間,範域化
第4章 構造,システム,社会的差異生産
第5章 変動,進化,権力
第6章 構造化理論,経験的調査,社会批判
もともと私が学問の道を進もうと思ったのは,卒業論文に向けて読み始めた書籍の面白さを知ったことだった。卒業論文はメディア研究的なものだったので,その方面の古典ももちろん面白かったが,社会学的な面白さを知ったのはシュッツの『現象学的社会学』とピーター・バーガーの『社会学への招待』だった。目先の社会問題を具体的に論じるようなものよりも,社会のしくみの本質を批判的に抽象的に論じることに面白さを感じたのだ。とはいえ,最近の学問の傾向はそうした抽象的な議論よりも具体的な議論に偏っている気がする。とはいえ,もちろん目先の問題に捕らわれているわけではなく,100年単位の時間的視野と,グローバルな空間的視野を持っているので,それはそれで非常に面白い。そんなものを読むことが多くなってしまったので,本書の読書はなかなか難しかった。読んではいるのだが,内容が頭にすっとは入ってこない。まあ,ギデンズに関しては『社会学の新しい方法規準』を読んだ時もそんな感じだったので仕方がないのだが。
ただ,これまでギデンズの構造化理論について,地理学者の議論を通じて私の頭の中で出来上がっていたものとはだいぶ違うことが分かった。やはり翻訳といえども原著を読むことの意義はここにあると思う。まず,私は勝手に,構造化理論は本書によって出来上がったと思っていたのだが,そうではなかった。1984年に出された本書の前に1981年の『史的唯物論の現代的批判』や1982年の『社会理論の輪郭と批判』という翻訳されていない著作があり,すでにそういうもののなかで作り上げられたものだということだ。本書のなかで「構造化理論」は所与のものとして登場する。そして,構造化理論は時間地理学から大きな影響を受けていると地理学者は習う。しかし,構造化理論自体が社会の主体と構造の相互作用的なことを論じているように,構造化理論と時間地理学は相互発展的に進展してきたものだと分かる。時間地理学の創始者であるヘーゲルストランドはともかく,その影響下で時間地理学を論じていたグレゴリーやプレッドなどはギデンズとのやり取りの中でお互いの議論を深めたように,本書を読むと思う。特に,本書にはかなり抽象的な図表があり,これは概念や考え方を図式化したものだが,まさにこれはグレゴリーが得意とすることであり,本書の冒頭にもそうした図式化の考えはグレゴリーから学んだ的なことが書かれている。そして,一番大きいのは地理学のなかで学ぶような,構造化理論のある程度分かりやすくて一括した説明は本書にはほとんどない。もちろん,主体と構造の二元論的理解が誤りであるということは随所で指摘はされているがその先にある一元論的解説はない。
いろいろ細かいところを説明しようとするときりがないが,この頃のギデンズの社会学はタルコット・パーソンズの社会学を批判してその先を目指していることが分かる。特に本書で私が大きく学んだのは社会進化論に対する批判だ。もちろん,ダーウィンの生物学的進化論を社会科学に援用することは科学史や思想史の分野でも根本的に批判されてきた。しかし,ギデンズはそれをもっと根源的に,現代の社会学の根底にも息づいているものとして批判している。この点については本書から40年経つ今でも今一度自省する必要があるように感じた。
今回の読書日記はこの辺りにしておきたい。機会を見つけて,ギデンズの他の作品を読み,また抽象的な社会理論に手を伸ばしていきたいと思う。